最高裁判所第二小法廷 平成7年(行ツ)141号 判決 1998年10月12日
グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国、
ロンドン・エス・ダブリユ・一・エイ・二・エイチ・ビイ、ホワイトホール(番地なし)
上告人
グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国
右代表者
ロバート・ウイリアム・ベッカム
右訴訟代理人弁護士
中島和雄
同 弁理士
川口義雄
中村至
船山武
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被上告人
特許庁長官 伊佐山建志
右当事者間の東京高等裁判所平成四年(行ケ)第三五号補正却下決定取消請求事件について、同裁判所が平成七年一月一七日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中島和雄、同川口義雄、同中村至、同船山武の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)
(平成七年(行ツ)第一四一号 上告人 グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国)
上告代理人中島和雄、同川口義雄、同中村至、同船山武の上告理由
第一、上告理由第一点
原判決は、上告人が主張した決定取消事由その一に関し、本願当初明細書の発明の詳細な説明の項には染料を使用しない場合の記載がなされていることにより特許請求の範囲における染料の使用を要件とする記載を染料を使用しない場合をも含む記載に変更する補正は明細書の要旨を変更しないものとみなすべきにもかかわらず、右補正を要旨変更として却下した審判の決定を違法でないとした、判決に影響を及ぼすことの明らかな、平成五年改正前特許法四一条適用の誤りがある。
一、決定取消事由その一の補正却下対象たる補正と当初明細書の記載
1、本願発明の液晶装置は、正の誘電異方性を有する長ピッチのコレステリック液晶材料の層からなり、π~2πの順次の分子捩れを均一傾斜方向に層を横断して与えるように適合させることを基本構成とするものであるが、当初明細書(甲第四号証)の特許請求の範囲においては、「二つのセル壁部の間に含まれた所定量の多色染料を有する」ことが構成要件として記載されていた。
本件補正は、出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前になした特許請求の範囲の補正に関するが、そのうちの「液晶材料の分子配列に依存して透過光を選択的に吸収する手段」には、染料または偏光子が均等なものとして含まれるところ、染料を含まず偏光子のみを使用する場合をも含むことになるから、結局、染料を含むか含まないかは任意の構成となる補正に関するものである。
2、本願当初明細書の発明の詳細な説明の項は、主として染料を含む場合に重点を置いた説明とはなっているものの、染料を含まない場合についても記載されている。
すなわち、詳細な説明本文中二一頁一六行ないし二二頁初行の「高複屈折材料および12μmもしくはそれ以上の層については、二つのポラライザ間にセルを使用することにより、染料なしに偏光切換効果(π/2捩れネマチック)を得ることができる。」との記載(「染料なしの記載A」)、および、染料に言及のない実施例4の記載(「染料なしの記載B」)がこれである。
二、当初明細書の「染料なしの記載A」について
1、前述の通り、本願発明の液晶装置は、液晶材料として長ピッチのコレステリック材料を使用しかつπ~2π捩れの順次の分子捩れを均一傾斜方向に層を横断して与えるように適合させるという基本構成を有するが、ポラライザ(偏光子)使用の有無、ガラススライドと液晶分子の長軸との角度の低傾斜、高傾斜の別、セルの厚さ等の任意の諸条件の組合わせにより、具体的には種々の態様の装置が含まれうる。当初明細書の詳細な説明においては、染料使用の有無もそうした任意の諸条件のひとつとして記載されていること、以下の通りである。
イ、本願の願書に最初に添付された図面である第7図は、本願発明の液晶装置の印加電圧に対する透加特性を説明するために、前記諸条件の組合わせの中から任意に選択した「染料を含みかつ単一のポラライザを使用する3π/2捩れの低傾斜の6μmのセル」(一九頁一六行~一七行)という条件設定の場合をひとつの典型例として説明したものである。
第7図の装置の条件設定にあたり、まずここに、わざわざ「染料を含み」と記載されていることは、本願の装置が染料を含まない場合もありうることを前提とするもので、染料の含有が本願発明の基本構成にかかわりのない任意の構成であることを示している。この点、本願発明の必須構成である長ピッチのコレステリック液晶材料を使用することについては、ここでなんら触れられていないことと好対照をなすものである。
ロ、以下二〇頁一一行目までは第7図の読み方自体についての説明であるが、同頁一二行以下二二頁初行までは、第7図に関連して、オン、オフの各状態における光の吸収と偏光切換効果について、液晶材料が高複屈折材料の場合と低複屈折材料の場合について説明したものである。なおここに高複屈折材料とか低複屈折材料とかと記載されているのは、長ピッチのコレステリック材料たる液晶材料についての区分であることもいうまでもない。
右説明中、光の吸収の点に関しては、ポラライザを使用する場合と使用しない場合、染料を使用した場合と使用しない場合について言及されている。ちなみに、ポラライザに関していえば、第7図は、前述のように単一のポラライザを使用する条件下の作図であるのに対し、右説明中においては、液晶材料として低複屈折材料を使用する場合には、オフ状態においてポラライザなしに操作することが可能であること(二一頁二行~六行)、オン状態においてポラライザを使用しないことにより明るいオン状態を形成することができること(同頁一三行~一五行)が述べられており、単一のポラライザを使用する第7図の場合を本願発明装置の典型例とみれば、ここではポラライザを使用しない場合の変形例の説明ということになり、いずれにせよ本願発明の装置そのものの実施態様の例として説明されていることは疑う余地がない。
同様にして、右に続く二一頁一六行以下の「高複屈折材料および一二μmもしくはそれ以上の層については、二つのポラライザ間にセルを使用することにより、染料なしに偏光切換効果(π/2捩れネマチック)を得ることができる」(「染料なしの記載A」)との記載は、その記載の流れよりして、第7図の典型例が、前述のように、染料を含み、単一のポラライザを使用し、六μmのセルを使用する条件下の場合であるのに対して、染料を含まず、二つのポラライザを使用し、一二μm以上の層のセルを使用するという点において、やはり本願発明装置の変形例たるひとつの実施態様として説明されていると解するほかはないものである。
2、しかるに原判決は、当初明細書には従来技術として、(イ)捩れネマチック装置であって、光変調手段としてポラライザを使用するもの、(ロ)短ピッチのコレステリック材料を使用する位相変化装置であって、光変調手段として散乱モードを利用するもの、(ハ)ピッチが層厚さに等しいコレステリック材料を用いるものであって、光変調手段として染料の吸収効果を利用するもの、の三種が記載されているところ、(イ)および(ロ)については、解決すべき技術的課題に関してはなんら記載されていないのに対して、(ハ)については、電圧の増加速度とは無関係に存在する顕著なヒステリシスが装置の多重性を制限するという問題点が指摘されているとして、本願発明は、右(ハ)の装置の問題点を解決すべき技術的手段とその具体的構成を開示したものとの前提において、本願発明は、長ピッチのコレステリック材料を使用するとともに、染料を含むことを必須の構成要件とするものと独断し、もっぱらかかる独断に基いて、「染料なしの記載A」が本願発明の実施態様としての記載であるとの上告人の諸般主張をことごとく退けて、本願発明の実施態様としての記載ではなく、従来技術であるπ/2捩れネマチックに関する記載にすぎないと認定したものである。
3、しかしながら、仮に原判決認定のごとく、従来技術(ハ)が染料を含むものであり、本願発明が従来技術(ハ)の問題点を解決したものであるとしても、そのことから当然に本願発明の装置が常に染料を含まなければならないとの結論が導かれるというものではない。本願発明は、長ピッチのコレステリック液晶材料を使用すること、分子捩れをπ~2πとすることにおいてすでに従来技術(ハ)と基本的に相違しており、かかる基本的相違を前提とすれば、光変調手段として染料による吸収効果を利用することにかえて、ポラライザを使用する場合があったとしてもなんら背理とはいえないからである。
さらに、本願明細書の様式に適用される昭和五〇年通産省令八二号改正による特許法施行規則(様式一六)によれば、当該発明が解決しようとする問題点、産業上の利用分野等を従来技術との関連において記載すべき「発明の目的」と、右問題点を解決するためどのような手段を講じたかをその作用とともに記載すべき「発明の構成」とは、区分して記載することとされており、そのことからみても、右「染料なしの記載A」が本願発明の構成に関する記載としてなされていることは疑う余地もない。
したがって、仮に、当初明細書四~七頁の従来技術とその解決課題の記載箇所のみからは、原判決のように、本願発明は一見染料を含むことを要旨とするかのように思われたとしても、当初明細書七頁以下の本願発明装置についての説明、とりわけ一九頁下から三行以下の本願発明の印加電圧に対する透過特性に関して図7の典型例とこれに続くその変形例の説明の流れの中の記載である「染料なしの記載A」を、それが染料を含んでいないがゆえに、本願発明の実施態様でないとして無視し去ることは許されないというべきである。
けだし、本件補正に適用されるべき、平成五年改正前特許法四一条によれば、当初明細書に記載した事項の範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は、明細書の要旨を変更しないものとみなされるべきところ、右規定の趣旨は、当初明細書のどこかに記載されている事項に基づく補正であるかぎりは、本来は発明の要旨そのものであるべき特許請求の範囲を変更する補正でさえも明細書の要旨変更ではないとみなしたものであるから、まして、従来技術とその解決課題、解決手段等の記載から、まず本願発明の要旨をかくあるべきものとして確定してしまい、かく確定した発明の要旨に沿わない当初明細書中の記載事項をまるでその記載がなされていないものであるかのように無視するかのごとき原判決の認定態度は、明らかに、右特許法四一条の適用を誤ったものといわざるをえないものである。
もとより、当初明細書の記載であっても、従来技術の紹介にすぎないことが明らかであるような記載とかその他本願発明についての記載でないことが明らかな事項は、同条の「記載した事項」とはいえないであろうが、本件補正が基づく「染料なしの記載A」は、決してそのような場合ではないこと、上告人が原審で主張した通りである。
三、当初明細書の「染料なしの記載B」について
1、前述のように、本願当初明細書中の実施例4には染料の記載がなされていない。当初明細書に記載された一〇実施例中、その余の九実施例について染料の記載がなされていることとの対比においてみれば、右実施例は本願発明において染料を使用しない場合の実施例とみるべきものである。
ところが、原判決は、実施例4は染料を含まない実施例であることを認めながら、「当初明細書の特許請求の範囲第一項においては、正の誘電異方性を有する長ピッチのコレステリック液晶に染料を含むことを必須の構成要件として規定されているから、染料を含まない実施例4は本願発明の実施例とは認めえないものである。」(原判決五二頁)と述べて、右実施例の記載を平成五年改正前特許法四一条に規定する当初明細書に「記載した事項」とは認めていない。
しかしながら、同条は、前述の通り、当初明細書に記載した事項の範囲内においては特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は明細書の要旨を変更しないものとみなして、そのような特許請求の範囲の補正を容認する旨の規定であるから、原判決のように当初明細書の特許請求の範囲の記載から本願発明の要旨を認定し、かく認定した発明の要旨に適しない実施例は本願発明の実施例でないとして同条の規定する当初明細書に「記載した事項」とは認めないとするのは、同条の論理からすれば本末転倒であって、明らかに同条の適用を誤ったものといわなければならない。
四、以上の通り、原判決は、本願の当初明細書には、染料を使用しない場合の記載としては、前記「染料なしの記載A」、および前記「染料なしの記載B」の両記載が厳然となされているにもかかわらず、前者については、当初明細書の従来技術と解決課題に関する記載に照らし、後者については当初明細書の特許請求の範囲の記載に照らし、いずれも本願発明についての記載ではないと独断して、それらの記載をいずれも無視することにより、決定取消事由その一の対象たる補正却下決定を違法でないと判断したものであり、かかる判断は、判決に影響をおよぼすことの明らかな平成五年改正前特許法四一条の適用の誤りがある。
第二、上告理由第二点
原判決は、上告人が主張した決定取消事由その三の対象たる補正適否判断に関して、本願の当初明細書には当該補正内容に対応する実質的な記載がなされているにもかかわらず、その旨の記載がなされていないと誤認して当該補正却下決定を違法でないとして支持した、判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則違背の誤りがある。
1、決定取消事由その三の対象たる補正却下決定は、上告人が本願発明の特許請求の範囲第一項についてなした「材料の弾性定数および誘電定数表面配向により生ずる分子傾き、捩れ角、層厚みならびに液晶材料の自然ピッチは、それらが総合して、実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過-電圧特性を与えるように設定されており」との補正に対し、「当初明細書及び図面には、弾性及び誘電定数については液晶材料のk33/k11、Δε/ε⊥のデータが記載されているのみであって、弾性及び誘電定数により実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過/電圧特性を与えることは記載されておらず、かつ、同明細書及び図面の記載からみて自明のこととも認められない。」として上告人の右補正を却下したものである。
2、しかしながら、当初明細書における特許請求の範囲第一項には「傾斜した均質構造中に液晶分子を整列させるように表面処理された液晶装置において、コレステリック材料の表面整列と自然ピッチpとをπラジアンより大きくかつ2πラジアンより小さい順次の分子捩れを均一傾斜方向にて層を横断して与えるように適合させ、層厚さdをピッチpで割った比を二〇μm未満のdの値に対し〇・五~一・〇の範囲として、装置を実質的なヒステリシスなしに明確な透過/電圧特性を持って光透過オン状態と非透過オフ状態との間で直接に切換えうることを特徴とする液晶装置」と記載されているように、右補正中、表面配向により生ずる分子傾き、捩れ角、層厚みならびに液晶材料の自然ピッチ等の装置のパラメータが、それらが総合して、実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過-電圧特性を与えるように設定されていることについては、当初明細書中に記載されていることは明らかである。
したがって、右補正は、実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過/電圧特性を提供するように設定される対象として、右のごとき諸般の装置のパラメータのほか液晶材料の弾性定数及び誘電定数を加えたところに意味がある。
ところで、原判決も認めているように、液晶材料の弾性および誘電定数については、七実施例の液晶材料について k33/k11、Δε/ε⊥のデータが当初明細書中に記載されており、しかも甲第五号証が示す通り、ヒステリシス特性が弾性および誘電定数に影響されることがきわめてよく知られていることは、被上告人も認めるところである。
してみれば、本願発明の装置がいずれにせよ実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過/電圧特性を有している以上、装置の諸般のパラメータとともに液晶材料の弾性定数および誘電定数を総合したものが、実質的に零のヒステリシスをもった急峻な透過-電圧特性を与えるように設定されたものでなければならないことは当然の帰結であって、そのことは、当初明細書の記載においておのずから明らかにされているところといわなければならない。
3、しかるに、原判決は、「当初明細書及び図面には、弾性定数及び誘電定数により実質的に零のヒステリシスをもった急峻な明確な透過/電圧特性を与えるように設定することは記載されておらず、かつ、同明細書及び図面の記載からみて自明のこととも認められないとした本件決定に誤りはない」と判断したものであって、このような認定は、当初明細書の記載につき明らかに経験則に反する誤った理解をしたことに基づくものというべく、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
第三、上告理由第三点
原判決は、上告人が決定取消事由その五として主張した補正対象誤認の点につき、数次の補正がなされた場合における後行の補正の適否の対象は後行の補正事項のみならず先行の補正事項のうち後行の補正手続により補正されなかった部分も含まれると解して、先行の補正事項をも併せ判断対象とした本件補正却下決定を誤りでないとした、判決に影響を及ぼすことの明らかな特許法一五九条が準用する同法五三条の適用の誤りがある。
一、本件補正却下決定の誤り
1、本件手続補正は、上告人が本願についてなした、昭和六二年一月二七日付手続補正(第一次手続補正)、平成元年一月一九日付手続補正(第二次手続補正)に次ぐ、第三次手続補正に位置している。
上告人は、右第一次手続補正において特許請求の範囲の補正を、右第二次手続補正において明細書の全文補正および図面の補正を行い、次いで、本件第三次手続補正において特許請求の範囲のみの補正を行ったものである。
しかるに、彼上告人は、本件第三次手続補正を要旨変更であるとして却下するに際し、その理由中で、上告人が本件第三次手続補正においてはなんら補正を求めていない前記第二次手続補正中の補正事項をも補正適否の判断の対象となし(本件補正却下決定書中の(イ)ないし(ハ)の補正)、それらが当初明細書の要旨変更となる補正であることをも本件第三次手続補正を却下すべき理由としている。
2、補正制度の本質に照らすと、出願人が複数の事項について補正を行う場合、その中で要旨変更となる補正事項が却下され、要旨変更とならない補正事項は却下されることなく補正の効果を生ずるべきことになるが、補正行為は、手続補正書の提出によって行われるから(特許法一七条三項)、当該手続補正書が要旨変更となる補正を含む場合には、実務上、当該手続補正書は一体として却下され、同一手続補正書に記載された要旨変更でない他の補正事項についても事実上却下されたと同じ結果となり、法本来の趣旨を超えて出願人に不利益な取り扱いとなっている。
仮に、右限度までは実務上の便宜に基づく要請として受忍するとしても、同様な不利益を、複数の補正事項が各別の手続補正書により補正された場合にまで及ぼして、先行の手続補正が要旨変更であることを理由にそれ自体は要旨変更でない後行の手続補正を却下することが許されないことはいうまでもない。
しかるに、前記被上告人のなした本件第三次手続補正に対する却下決定は、右の誤りを冒すものである。
二、原判決の誤り
1、原審において、上告人が本件補正却下決定についての右違法を決定取消事由その五として主張したのに対し、原判決は、特許請求の範囲のみの補正である本件第三次手続補正の補正対象である明細書・図面には、第二次手続補正の補正事項である本件決定が摘示した(イ)ないし(ハ)が含まれていることが認められるとして、本件決定が本件補正の適否判断するにつき、右第二次手続補正の補正事項である右(イ)ないし(ハ)の点を本件補正による補正事項と認定して判断対象としたことに誤りはないとした。
2、しかしながら、平成元年一月一九日付第二次手続補正である明細書の全文補正及び図面の補正については、別途平成三年九月三〇日付にて「平成元年一月一九日付けの手続補正を却下する。」旨の決定がなされており、その決定理由中では前記(イ)ないし(ハ)の点が要旨変更となる旨の判断が示されているのであるから、第三次手続補正である本件補正に対する本件決定中において、再度前記(イ)ないし(ハ)の点を本件補正による補正事項として取り上げてその適否につき判断を示す必要は全くない筈である。
それどころか、このような実務を是認するならば、本件第三次手続補正自体の補正事項である特許請求の範囲の補正がかりに要旨変更でないと判断される場合においても、本件第三次手続補正は全体として却下されてしまう結果となり、ひいては、一般的に数次の手続補正がなされる場合、先行の手続補正書中に要旨変更となる補正が記載されているかぎり、後行の手続補正はすべてそのことを理由に却下する実務を一般的に容認することとなって、補正制度本来の趣旨に反して出願人の利益を不当に害することは明らかである。
3、すなわち、原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな特許法一五九条一項が準角する同法五三条一項の適用の誤りがある。
以上